沿革
1910年代
2代戸田利兵衛へ
初代戸田利兵衛には子供がなく、当時建築界の第一人者であった中條精一郎先生に相談、1913年(大正2年)東京帝大卒の富田繁秋(2代戸田利兵衛)が選ばれ、その年12月、戸田家の養嗣子として迎えられました。
当時の代表的な工事としては、1914年に開催された大正博覧会(東京・上野)やパナマ運河開通記念としてサンフランシスコで開催されたパナマ太平洋万国博覧会での工事がありました。国内では、竣工当時はこの種最大の建築物ではじめて日本人の手で完成させたアメリカ式ビルとして話題を集めた東京海上ビルディングなどがあります。
このような順調な事業の進展の中で初代利兵衛は1920年(大正9年)7月5日69歳の生涯を閉じました。同年10月、繁秋は2代利兵衛を襲名、戸田組の新指導者の座につきました。

東京大正博覧会染織館

富田繁秋・二代戸田利兵衛
