1980年代
創業 100周年
1981年(昭和56年)3月28日、2代 戸田利兵衛会長が逝去しました。2代 戸田利兵衛は、明治19年茨城県に生まれ、大正2年末に戸田家養嗣子として当社に入社、以来95歳で天寿を全うするまで、業界の地位向上、発展にも努めたものであり、生前の功を称えるべく、従四位勲二等瑞宝章が追叙されました。
また、1981年、当社は創業 100周年を迎え、筑波技術研究所建設、研修施設の建設、戸田育英会の設立、合同慰霊祭などを実施しました。
なお、当時は「建設業冬の時代」といわれ、日本経済は低成長時代でした。そこで、当社は第2世紀の発展を考え、創業 100周年記念日にTQCの導入を宣言しました。このTQC活動の結果、全員参加の品質管理、企業体質改善、社員の意識向上が図られ、現在のISO9001、14001などの活動に活かされています。
昭和50年代の代表的な工事としては、都立広尾病院、福岡市美術館、昭和女子大 人見記念講堂、歴史民俗博物館、つくば学園センタービル、京都 東急ホテル、対馬空港拡張工事などがあります。

つくばセンタービル

対馬空港
こうした中で、1987年(昭和62年)、当社は三菱銀行(現 三菱東京UFJ銀行)の斡旋により、従来より密接な提携関係にあった島藤建設工業と合併しました。上場企業同士の合併という建設業界では前例のないケースということで世間の注目を集めましたが、合併のねらい通り、両社の人材と技術力を結集して業績の発展に寄与しました。
戸田守二社長の就任と品質日本一へ
1987年(昭和62年)12月、戸田順之助社長が会長に、戸田守二副社長が社長に就任しました。
守二社長は就任にあたり、社員に対してチャレンジ精神の発揮をよびかけました。
また、1991年(平成3年)の創立記念日には、同じ単価ならば日本一の品質を送り出す「日本一の建設会社」をと、「品質日本一」への方針を打ち出しました。
この時期には、横浜みなとみらい21の横浜国際会議場ホテル棟(コンチネンタルホテル)、早稲田会館、ツインタワー瀬戸大橋、飯田ダム、塩川ダム、JR東日本 大井町駅などを施工しています。

戸田守二(現:取締役相談役)

ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル

飯田ダム
