
左/大隈庭園に面した1階北側歩廊。等身大に近いと伝承されている大隈重信像が置かれている。
右/人造石洗い出し仕上げに復原された鐘楼頂部。十文字の形は大隈家の家紋に由来している。

鐘楼を見上げる。現場を担当した中島弘勝さん(左)に大隈講堂を案内していただく。鐘楼の高さは大隈重信の「人生125歳説」に因む、とのこと。
さっそく戸田建設の中島弘勝さんに、新生・大隈講堂を案内してもらう。ちなみに創建時の施工を手がけたのも、戸田建設だったそうだ。今回、天井裏から当時の棟札(むなふだ)が見つかった、なんてエピソードも披露してもらう。
外観は、外壁タイルのほぼすべてを撤去した。その数およそ19万枚。下地から補修し、劣化の少ない一部を除いて新しいものに貼り替えたが、当然今や80年前と同じものなど存在しない。何年もの研究を重ね、土にまでこだわり当時の色合いを復原。品質を保ちながら当時の製法をできるだけ再現し、あえて手作り感を出したという。
鐘楼、つまり時計台のてっぺん部分など、遠目にはただのコンクリートとばかり思っていたけれど、実は「人造石洗出し」という手間のかかる仕上げで、わざわざ関西から熟練の左官工を呼んだそうだ。
今回の改修で、一番たいへんだったことは? 中島さんは、「使えるオリジナルは残しつつ、新たに作るものは極力オリジナルになじませること」と言う。基本コンセプトは、できるかぎり創建当時に近づけること。外観はもちろん、照明や建具類、ステンドグラスなど内装の細部まで。
「当時の記録はほとんど残っていなかったので、モノクロ写真を見ながら『ここは白か、いやグレーだ』などと検証したり、何層もの塗装を溯って創建当時の色合いを調べたり。まさに手探り状態でした」(中島さん)
考古学かっ!と突っ込みたくなるほど、80年という歳月は重いのだ。久々に大隈講堂の中に足を踏み入れると、古い建物特有のしんとした空気が漂う。観光地などの歴史的建造物に入って時々感じるのは、レトロな雰囲気はたっぷりなのに、テーマパークのような作り物感。見かけを似せるだけではダメなんだなあとつくづく思う。





