TSUNASHIMA TUNNEL
街の活動を止めずに、
街の動脈を生み出す

綱島トンネル

相鉄線と東急線の相互直通運転にあたり、新綱島駅と日吉駅を結ぶ「綱島トンネル」が2023年3月に完成。延長1,100mの内、新綱島駅ホームの一部34.5mの区間は、外殻先行型の非開削トンネル構築技術「さくさくJAWS工法®」が初めて採用された。施工性や止水性に優れ、地上への影響を抑えることができるこの非開削工法を、今後も周辺環境に配慮したトンネル構築技術として提供する。

工事は迷惑をかけるもの、
という認識は
もう過去のものにしたい。
技術研究所 田中宏典
地下の土木工事というのは、必ずその上に、人の暮らしがあります。都市部では特に、住宅をはじめ、病院だったり学校だったり、社会生活を支える施設が密集していて、それらの機能に影響を与えないことが、トンネル工事の大命題。地盤沈下や陥没のような大きな事故は、絶対に起こせない。

工事の振動も騒音も、できればないほうがいい。振動も騒音も、普段は「ない」ことが当たり前だからです。生活に必要なトンネルをつくるので、迷惑をかけますがしばらく我慢してくださいと言っても、はいそうですか、わかりましたということにはなかなかなりませんよね。

事故は問題外、周囲にかける迷惑も最小限がベスト。究極を言えば、工事は迷惑をかけるものという認識そのものを、もう過去のものにしたい。いつもと同じ「当たり前の生活」を維持しながら、都市の地下に新たな動脈をつくる。「さくさくJAWS工法®」は、その思いのもと、歴代の先輩方が長い年月を費やして開発した戸田建設の独自工法です。

特徴はいくつもありますが、大きなメリットは、止水機能を有した継手構造の採用により、地盤改良などの補助工事を必要最小限に抑えられること。「綱島トンネル」の計画予定地は地下水圧が高く、この「地下水に対応できる」工法であることが、採用のポイントになりました。

大断面、つまり大きな空間が安全につくれることも圧倒的な利点です。これはトンネル工事の基本的な前提ですが、掘る断面が大きいと取り込む土の量も多くなり、事故のリスクが高まります。一方で、地上から大きく掘ってしまえばいい、なんてことができる場所は、少なくとも日本の都市部にはありません。これに対して、「さくさくJAWS工法®」は地下に小さな横穴を掘ってつなげていくので、大きなトンネルを地上への影響を抑えながらつくることができます。
2023 年3月、新綱島駅は鶴見川のすぐ近くに開業した
駅ホーム部にあたる大断面トンネルの構築
今後ますます注目される
都市機能の地下化に
圧倒的な強みで応えたい。
「綱島トンネル」は鉄道のためのトンネルでしたが、インフラを含め、都市機能の地下化は、今後、より一層進むのではないでしょうか。これまでにない大きな規模の地下街が整備されることも予想されます。何より、水害や地震災害に対する防災・減災のための地下施設は、これからますます必要になります。

そういった国土利用のニーズが高まっている一方、工事がしやすい地下の浅い層は、都心部ほどもう穴だらけです。新しく地下に空間をつくろうと思うと、どんどん深くなっていく。そういった意味でも、大きな断面を、都市部で地下深く、水に負けることなく安全につくれるというのは、圧倒的な強みだと思います。

今回、この工法を現場で初めて使ってもらうことができ、実績を得ることができたことは大きな一歩です。施工に携わった方々には感謝しています。現場で苦労している姿を間近で見て、工法としての改善点も明確になったことで、さらに良い工法にできるよう、しっかりと対応したいと感じました。

個人的な思いとしては、せっかく建設業に携わっているのだから、世の中のためになる仕事がしたいんです。以前、ゲリラ豪雨で冠水するような低い土地に、下水の貯留管をつくる工事に携わったことがあります。3年間の工事期間中、実際に周辺地域が冠水したんですよね。土囊袋を運んだりするお手伝いを経験し、完成後、地域の人に「ありがとう」と言ってもらえて。自分たちがつくる貯留管が、どれほど役に立つものなのかを実感しました。

儲かりそうなことを考えるだけが、技術開発のすべてではありません。かっこいいこと言っている、みたいになってしまいますが、開発のテーマの拠り所になるのは、やはり、切実なニーズです。工事の現場で働く人たちのニーズも、きちんとすくい上げていきたい。人手が足りない、生産性を上げたい、そういうシーンで「痒いところに手が届くものが欲しい」というのも大切なニーズなので、設計や技術の開発・改善できちんと応えていけたらと思っています。
地下およそ40mの深さに構築した巨大な空間

生活への影響を減らすことは、
工事の難易度を上げること。
現場は一生懸命やるしかない。
施工部門 春木敏
技術開発側の「思い」はわかります。地上への影響を抑えられることをはじめ、「さくさくJAWS工法®」のメリットは、よくわかります。でも、現場は大変です。他の非開削技術に比べても、掛かる手順は多くなる。「綱島トンネル」の場合、地下35mと深く、地下水の水圧も高い。難易度は非常に高いというのが、私たち施工側の正直なところでした。

当然、事前に実証実験はしています。できる、という結論をもって現場はスタートしています。それでも、初めてのことなので、様々な課題も出てきます。技術開発側とのやりとりは、数多く必要となりましたし、課題の解決を迫られ、技術開発側も大変だったと思います。

1m角の横穴を42本掘り、その横穴をつないで1つの円にする。円といっても今回は、施工例の少ない馬蹄形でした。その横穴の最後の1本を閉合できなければ、この工事は失敗となります。その連結をする時が、最も緊張する瞬間でした。

今回、1本の管を設置する際に求められる設置精度は、最大で25mmでした。トンネルの大きさが内空高さ14m、幅19mの大断面であるのに対して、我々は10mmや20mmといった非常に厳しい精度で管理をしなければなりません。これは私自身、特殊な世界だと思います。計画した位置から25mmまでしかズレてはいけないのです。これを42本すべてにおいて求められるわけですから、相当にしびれます。

横穴と横穴を接続する際の、土をかき出す作業も大変でした。細部にわたって土を出し切らないと、所定の強度が確保できないという事もあり、工事期間中は、必死でした。失敗はしてはいけないのではなく、できない。工員の事故が起こらないことはもちろん、地盤沈下をはじめ、地上に影響を及ぼさないというのが、大前提ですから。

失敗をしないコツがあるとしたら、それはもう、決めた手順を愚直に守ること。手間がかかるからといって端折るようなことを、絶対にしない。そこに尽きると思います。
1m×1mの函体が1つ1つ連結されている
馬蹄形という特殊な断面形状をつないでいく
難局面でもより安全に。
今後も都市部でのニーズに
応えていきたい。
厳しい条件下でトンネルを掘らなくてはならないという状況は、昔も今も、変わらないのではないかと思います。そのなかで、地上も地下も安全に、難局面でもより安全に工事を進めたい、という思いで技術が発展してきたことは、間違いありません。

「綱島トンネル」が無事に完成したので、それがまた次につながっていくのは、現場としてもうれしい成果です。今回の経験を踏まえて、開発側でも、現場がもっとスムーズに進むような改善に、いろいろと取り組んでいるはずです。

「さくさくJAWS工法®」は、推進施工中の止水性に優れているので、その優位性があるからこそ、開けられる地下というのは、他にもまだたくさんある。地盤の条件、地下水の量、インフラ施設…… ひとつとして同じ地下はなく、それぞれに難しい。難しいけれど、この技術が活かせる、と思います。都市部は特に、もう地上からは掘れないし、街の動きを止めるわけにもいかない。ニーズは多いのではないかと思います。

それにしても、完成してしまうと、つくったトンネルの構造体が見えない、というのが、個人的には少し寂しいところです(笑)。苦労した経緯と言いますか、道のりは伝わらない。このトンネルがあるから電車が走っているのだと、利用者がいちいち意識することもないですから。

でも、見えなくても、意識されなくても、自分たちの仕事が生活を支えているのだ、という自負はあります。
限られた地下空間で、シールド工事を進めながらの競合作業

誰も気づかないうちに、
いつのまにか鉄道が通っている。
新しい発展の仕方だと思う。
立命館大学 総合科学技術研究機構上席研究員 
小山幸則(元京都大学教授)
地下工事の究極の理想は、周りの人が何も気づかないままに進められること。でも、さすがにそこまでの技術はまだないので、なるべく影響を少なく、社会生活を阻害しない方法でやりましょう、ということで工事の技術や工程は組み立てられている。今回の「綱島トンネル」で「さくさくJAWS工法®」が採用されたのもその一環で、実現させるのは難しかっただろうと思います。

ふだんあまり注目はされませんが、地下工事の技術は、開発する研究者や工事を進める業者をはじめ、本当にたくさんの人が知恵を出し合い、地道な努力の積み重ねで発展してきました。その進歩と発展は何のためかといったら、やはり、安全でしょう。地上の社会生活への安全、工事そのものの安全。その先に、冒頭で申し上げた「誰も気づかないままに進められる」ような、究極の姿があるわけです。

地下の深層部における外殻先行型の非開削トンネル構築技術は、先行事例として戸田建設が手がけた「つくばエクスプレス六町駅」がありますよね。そのときの改善点をもって、今回の「綱島トンネル」に挑んだと聞いています。

工事の難しさはどちらも相当なものだったと思いますが、六町駅は、最初に四角い穴を掘るための仮の構造物をつくり、後から中に永久構造物をつくる。ちょっと乱暴に言うと、後から中につくるものが完璧であればいい。でも「綱島トンネル」は一発勝負で、最初に入れた構造物が、そのまま未来永劫、駅を支えることになる。だから余計難しい。

地下につくったものを壊してつくり直すことは、まずできません。荒れるに任せてそのままにしておくわけにもいかない。地下鉄のトンネルを放ったらかしにして電車が動かなくなったら、都市機能は止まります。そうならないように、一生懸命、長持ちするものをつくらなければならない。設計上は100年対応と言っていますが、「綱島トンネル」のような鉄道の構造物だったら、実は未来永劫、人間がそこで社会活動をしている限りはずっと持たせなくてはならない。その意識は、地下の土木工事に携わっている人たちみんなの中にある。トンネルの施工技術は、そのためにも磨いているんです。
新綱島駅ホームから見える新綱島トンネル