GREEN OFFICE
CO2を出さないを超えた
CO2を減らす建築

グリーンオフィス棟(筑波技術研究所)

カーボンマイナスを実現する筑波技術研究所の「グリーンオフィス棟」が、2021年8月から運用を開始している。消費する一次エネルギーの収支をゼロにする「ZEB」の達成を超え、建物のライフサイクルでのCO2排出を削減。同時に、働く人のウェルビーイングを向上させる良好な室内環境を構築。建築デザインと環境先進技術が融合した、次世代型オフィスの実証を続けている。

ZEBの先を行くカーボン
マイナスは、
戸田建設の
環境意識を象徴する
未来への挑戦。
技術研究所 村江行忠
背景を少し説明しますと、この建物はもともと、省エネをはじめとした環境配慮技術の実証を行う研究施設でした。その実証を終えた後、研究所職員のオフィスへとリニューアルする計画だったわけですが、計画をはじめた2015年に立てた目標が、「カーボンマイナス」でした。

昨今、カーボンニュートラルやネットゼロ、つまりCO2排出を「正味ゼロ」にする方向に、時代はどんどんシフトしています。そこからさらに進んでCO2排出を「減らす」までいけば、建設業界のみならず、社会的にも大きな意味をもつ。ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)を目標にしているだけではもうダメで、ZEBの先を行く「カーボンマイナス」を達成する。それは、戸田建設の環境に対する姿勢を示す、大きな挑戦でした。

できるという確信はありました。積み重ねてきた環境技術の実証から得た数値がありましたから。わかっていたのは、建物の外側だけ、設備だけで達成できるものではなく、それぞれの技術の組み合わせが重要であること。通常、建物を建てるときは、設計部門や設備部門が分業で計画を進めますが、「グリーンオフィス棟」では、部門ごとの垣根を超え、カーボンマイナスという共通の目標に向かって知恵を出し合う必要がありました。結果、リニューアル工事以降のライフサイクル、70年でマイナスを達成できる試算が立てられ、実際に運用しながらデータ収集を続けています。
高断熱ガラス&上下分割防眩制御可能なブラインドにより快適性向上や照明エネルギー削減に期待ができる
CO2排出削減への意識を
社員
全員がもち、
環境技術の発展に
刺激を与えたい。
大きな成果の出発点には、大きな思いがあるものです。戸田建設では、建設工事によるCO2排出量を、2050年までに1990年比で80%削減する目標を掲げています。この「グリーンオフィス棟」は、社員全員の意識付けとしても非常に重要な施設だと捉えています。リニューアルの完成は2021年。コロナ禍でなかなか見学会が開けなかったことは想定外でしたが、徐々に増えている施設見学などでは、なぜカーボンマイナスか、企業の社会的責任といった観点からも説明しています。我々の取引先も含め、先鋭的な企業のマインドは、確実に脱炭素、カーボンマイナスに向かっています。

我々はいわゆる「大手」ではありませんので、各社から刺激を受けることも多いのですが、個人的には、環境先進分野においては、私たちから刺激を与えられるようになりたいという思いがありました。その意味で、「グリーンオフィス棟」が注目され、第1回 SDGs建築賞の国土交通大臣賞を受賞したことは、非常に大きな励みになりました。

企業としても研究所としても、組織がコンパクトである利点は多いと思います。それぞれの技術要素の提案が受け入れられやすく、チーム力で突破できることも多々あります。目標を定めてからの動きの速さは、戸田建設の強み。私自身が楽観主義ということもあるかもしれませんが(笑)、さらに工夫すれば、新築でのカーボンマイナスも十分可能だと考えています。
壁面緑化ユニットでCO2 吸収と日射熱制御
階段室上部から自然換気、調光ガラスで日射熱制御

技術と知恵を組み合わせ、
全体でバランスを取ることで
カーボンマイナスは実現できる。
設計部門 市川勇太
どうすればカーボンマイナスを達成できるか。教科書やマニュアルはありません。正直、この建物の規模で「ZEB」を達成することだって簡単ではないなか、その先まで行くとなると、今まで通りの設計をしていたら、まったく到達できないだろう、というのがスタート当初の関係者の共通理解でした。

到達できる方法があるとしたら、考え方として、全体でバランスを取るしかない。どれかひとつの技術に頼るのではなく、いくつもの技術がお互い補完し合いながら、エネルギー削減への道筋を立てていくこと。意匠、構造、電気、機械の主に4つの設計グループに加え、技術研究所のメンバーも含めた総力戦で、必要な要素の「最適な組み合わせ」を見つけられたことが、今回の一番のカギだったと思います。

なかでも大きかったのは、空調システムですね。建物のエネルギー消費のなかで空調が占める割合は大きく、「グリーンオフィス棟」に課せられた目標達成も、空調がボトルネックになるだろうと最初から狙いをつけていました。ただ、人がそこで快適に過ごせる環境づくりを考えると、空調こそ難しい。猛暑日のような極端に暑い日にも100%対応できるよう設計すると、それ以外の日にはエネルギーが余り過ぎてしまう。なるべくバランスの取れたところで設計をするためにはどうしたらいいのか。必要最低限の容量で、一番安定的に使えるところはどこなのか。

私たちが見ているのは、数値だけではありません。人を見ています。「グリーンオフィス棟」はオフィスですから、働く人がいかに快適に過ごせる空間であるか。ウェルビーイングの向上も大きな目標です。そこで、空調に実験的な地中熱利用システムも導入。同時に壁面緑化を行い、開口部に高断熱真空ガラスを採用するなど、意匠設計側からのアプローチでも負荷の抑制を行っています。そのように、建物の内外、連鎖するすべての要素の複合で、やっとエネルギーの削減が可能になります。
自然換気(曲面天井・調光ガラス)によるエネルギー削減
数値化されない
自然の力も積極的に取り入れ、
検証をフィードバック。
環境先進分野は設備単体の「性能」に注目が集まりがちですが、自然の力を活かすというパッシブデザインの「知恵」も非常に重要な役割を担っています。

たとえば地中熱利用システムは、エネルギー消費量の計算システムが発表されたばかりで、設計当時、数値の計上ができませんでした。自然換気の効果も計上されません。それでも、なるべく自然の力を利用し、安定して運用していこうというのが、私たちの一貫した考えです。実際に使ってみていいな、と思う感覚を丁寧にすくい上げ、フィードバックしていく。そうすることで、今後の基準がつくられていく。改善の余地も含め、ふだん建物内で過ごしている人たちから直接意見を聞き、運用改善につなげられるのも、自社オフィスならではの利点でしょう。

私自身「グリーンオフィス棟」を訪れるたびに、いい環境だなぁと思うんですよね。たとえば、2階は開口が広く、壁面の緑がほどよく視界に入ってくる。とても心地のいい空間です。地域の在来植物や敷地内の樹木をうまく活用し、周囲との調和が取れている。それも全体の居心地のよさにつながっていると思います。
外部の緑化への眺望を意識した室内デザイン
屋上に設置した太陽光発電パネル

地球環境への取り組みと
心身ともに健康でいられる
環境づくりは、両立できる。
慶應義塾大学 理工学部教授 伊香賀俊治
日本が毎年排出しているCO2の約4割は、建築物が起因だと言われています。ゆえに、建設業はとりわけ、CO2排出量の削減に真剣に取り組んでいかなければならない産業です。「グリーンオフィス棟」のように、既存の建物を活かしてアップデートする手法は、新たに建てるために必要となるカーボンを出しません。そのうえで、エネルギー消費量の少ない設備設計に変換。太陽光発電などの創エネも取り入れ「カーボンマイナス」を目指すことは、これからの建設業が果たすべき役割の、お手本のような取り組みではないでしょうか。

もうひとつ、私がこれからの建設業の役割として注目しているのが、ウェルビーイング。健康で幸せに過ごせる空間づくりです。

「グリーンオフィス棟」はオフィスですから、そこで働く人々が日々気持ちよく、創造的な仕事ができることを追求する建物ですよね。創造的な仕事をするためには、心身ともに健康でなければならない。「グリーンオフィス棟」では、その良質な働く環境づくりが、CO2排出削減への取り組みと同時にしっかりと成されている。実際に現地を訪ねた際に感じた、空間そのものの心地よさが印象深く、お手本という意味では、そこが一番かもしれません。

そもそも建築は、人の生命を守る器として発展してきました。文化や文明に不可欠な存在で、人に対する環境と、地球に対する環境の両方に責任をもっている。これまでは、人の快適さと地球環境への負荷の軽減は、相反するもののようなイメージがあったかもしれません。でも、建築はこれから、その2つを両立していかなければならない。両立できる、と私は思います。
壁や床に国産木材を採用し研究している他、外装や家具には建築時に伐採した樹木を活用している
室内緑化(バイオフィリックデザイン)
地域性在来植物ビオトープ「つくば再生の里」
可能性は制御と運用にあり。
最適化のためにも
挑戦を積み重ねてほしい。
国内の約4割といわれる建築物起因のCO2排出のなかで、最も割合が高いのはオペレーションのカーボンです。ゆえにオペレーションの省エネは、極めて重要。LEDの普及で照明の分野は進んでいますが、難しいのは空調です。「グリーンオフィス棟」でも、関連技術を組み合わせた省エネ空調システムの構築に苦労されたと聞いています。

空調で改善の余地があると感じているのは、制御の部分ですね。設備を適切に組み合わせても、うまくコントロールできないと、本来の性能が出せない。燃費のいい車を買っても運転の仕方が悪ければ、燃費が悪くなるのと同じです。その制御を、人間の操作だけで行うには限界があります。たとえば、AIに働く人の特性を学習させ、より細かな対応ができれば、エネルギーの削減数値もあがるはず。「グリーンオフィス棟」で使われている自動制御の長期的な成果も気になるところです。事例を重ねれば重ねるほど、最適化は進みます。

次はぜひオフィス以外の、学校や病院など、用途や気象条件の異なる地域でのカーボンマイナスにチャレンジしていただきたい。その実証・実践が、環境建築の未来につながることを期待しています。
人の周辺と空間全体をセンシング
タスクアンビエント空調(AI制御)で人数や状況に合わせた快適で効率の良い空調を構築